動画配信サイト「U-NEXT」にて、イタリアの鬼才ルカ・グァダニーノ監督の新作『クィア/QUER』鑑賞。
「クィア」とは、同性愛者の侮蔑的な呼称で、元々は「(常識と)異なること、奇妙なこと」を表す言葉。時は第二次世界大戦直後の1950年代、自らを「クィア」と自嘲的に呼ぶ中年男(ダニエル・クレイグ)が、人生の黄昏時に足を踏み入れた時に落ちた、身悶えするような激しい恋。その顛末は、哀しく、愛おしい……。
『君の名前で僕を呼んで』、『ボーン・エンド・オール』に続くルカ・グァダニーノ監督の「愛と欲望3部作」、最後を飾るに相応しい作品と言えるでしょう。
★ざっくり、あらすじ
1950年代のメキシコシティ。アメリカ人駐在員ウィリアム・リー(ダニエル・クレイグ)は、日々の孤独を持て余し、酒とクスリに溺れ、同性愛者たちが集まるバーで、夜毎一夜の相手を漁る空虚な毎日を送っていました。そんなある日、その行きつけの店で店主の中年女性とチェスに興じる美貌の青年ユージーン(ドリュー・スターキー)と出逢ったリーは、ユージーンの元軍人とは思えない優雅な身のこなしや滲み出る知性、あまり心の裡を露わにしない謎めいた態度に強烈に惹かれ、激しい恋に落ちます。しかし、初老期を迎え、これが生涯最後の恋と縋り付くような気持ちのリーと、若さを謳歌するユージーンとの間には少しずつ亀裂が生じてきて……。
★切ない2人の恋
同性愛が倫理に反すると弾劾されていた時代。自分を世間からの厄介者と感じて、心に常に空虚さを抱えながら生きる中年男を、ダニエル・クレイグが心憎いばかりに巧みに演じています。その演技は、巨匠ルキノ・ヴィスコンティの名作『ヴェニスに死す』、ペストの蔓延するヴェニスで、貴族の美少年(ヴィヨルン・アンデルセン)に恋し、追いかけたその先で感染し死の床に伏せる音楽家(ダーク・ボガート)の、哀切極まりない演技を彷彿とさせます。
『ヴェニスに死す』を彩ったのは、グスタフ・マーラーの交響曲第5番でしたが、今作でリーが電撃的な恋に堕ちる場面で流れるのはニルヴァーナの「Come As You Are」❗️名盤「Nevermind」からの1曲。(ヲタクこのアルバム持ってるわ〜〜関係ないけど 笑)カート・コバーンがバロウズのファンだったことはよく知られた話。
※この映画の成功は、リーの執着を受け入れる寛容さを持つ一方でどこか、人そのものに関心がないかのような冷淡さを併せ持つユージーンの複雑な人間性を演じ切ったドリュー・スターキーの魅力に負うところが大きいでしょう。第2のティモシー・シャラメになれるか❗️❓️
しかし、リーの想い人であるユージーンは、『ヴェニスに死す』の尊大な貴族の少年と違い、自分に燃えるような視線を投げかけ、自分の一挙手一投足におろおろしている哀れな中年男を、時に疎ましく感じながらも、理解し受け入れようと努力する、優しく柔らかな心根の青年なのです。その優しさを知れば知るほど、老いて、しかも薬物の禁断症状に苦しむ惨めな自分と、若く瑞々しい相手とを引き比べ、狂おしいほど彼に執着していくリー。リーと同年代のヲタクはね、気持ちがよく理解できるよ。……なんて辛い恋なんだろう😭若さって、それだけで残酷なの、私たち年寄りにとっては。
★ロマンスから幻想綺談へ〜この変調こそ、グァダニーノ監督の真骨頂❗️
不思議なことに後半から作品の雰囲気がガラリと変わります。ユージーンの心を掴みかねて悶々とするリーは、それを食せばテレパシーを得ることができるという伝説の植物を求め、ユージーンを伴ってエクアドルの密林へと足を踏み入れますが、もはや幻想と現実の境目の無い摩訶不思議な世界に、私たちも彼らと共に誘われることになるのです。
★リーとユージーンがジャン・コクトーの『オルフェ』を観ていた意味
エクアドルの植物店の店主からリーは、「その植物が手に入っても、新しい世界が開けるわけじゃない。鏡で自分の姿を見せられるだけかもしれないよ。そのほうが辛いかも」と言われるのですが、そこで私たちはハタと気づくのです。

※ジャン・コクトーもまた「クィア」でした。『オルフェ』に主演したのは、当時コクトーの愛人だったジャン・マレー。
映画の冒頭、2人揃って観ていたのが、フランスの高名な詩人でもあったジャン・コクトーが監督した映画『オルフェ』(1950年のフランス映画)でした。鏡の中を通って死後の世界へと足を踏み入れたオルフェ(ジャン・マレー)ですが、愛した王女は死の世界の住人。永遠に結ばれることはない。
このオルフェのテーマこそ、リーの恋の結末を暗示していたものに違いありません。リーの恋には、全編を通じて不穏な死のオマージュが繰り返し現れるのです。それは実質的な死を意味するのか、それとも精神の死を意味するのか……。
余談ですが、エクアドルの密林に暮らす変わり者の植物学者を演じるレスリー・マンヴィルの「怪演」も見もの。普段は淑やかな英国レディを演じることが多い彼女、最初出てきた時誰だかわからなかった(笑)

※密林に住む植物学者コッター博士(上)を演じたレスリー・マンヴィル。とても同人物とは思えない…(笑)
グァダニーノ監督の作品らしく、流麗なカメラワークで捉えられた美しい自然の中、愛し合う美しい恋人たちの姿に、うっとりと非日常を味わい、恋の切なさの余韻に浸る2時間❗️